徳川幕府は利根川を東に向けるという東遷事業を1500年代末から1600年代前半にかけて行いました.まず中流部において北寄りの河道に一本化し,新川通を開削して渡良瀬川と合流させ,平野を東西に二分する分水界の台地を開削してつくった赤堀川(栗橋,関宿間)により常陸川と連結させました(下の図). (via NIED
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江戸すごい
徳川幕府は利根川を東に向けるという東遷事業を1500年代末から1600年代前半にかけて行いました.まず中流部において北寄りの河道に一本化し,新川通を開削して渡良瀬川と合流させ,平野を東西に二分する分水界の台地を開削してつくった赤堀川(栗橋,関...
tnoma) 東京圏は400年いじょうにわたる長期のインフラ整備でできたのだ。荒川・隅田川の整備も明治ごろに行われている。玉川上水とかもかなり難工事だったようだ。